魔術士オーフェン無謀編・死にたい奴から前に出ろ!
もしかしたら、反論する者もいるかもしれない――人の繋がりや正しき心。そういった精神的な充足こそ真に生きる上で必要なものなのだと。
だが、基本的に彼らは富める者なのだ。絆も正義も、まず最低限の金銭が無くては成立しない。
明日の糧にも困り、氏の淵に立たされるようなものにだけ、その台詞を吐く資格がある。
そしてその台詞が吐けるなら、それは人間とは呼べないだろう。聖者、聖人。その類のものだ。
適度に金を持つ人間こそ、その重要さを理解しない。彼らにとって、金は空気のようなあって当たり前の存在だからだ。
あるいは現代社会において、空気のように人に付きまとうのが金銭という存在だともいえる。
というわけで。
袋一杯の金貨をテーブルの上に置いただけで、真っ青になって卒倒したボニーの姿に、オーフェンは何か不可解なものを感じていた。
「何なんだよ、一体」
「いや、何なんだって……」
いつもの宿屋、いつもの食堂。そして冷や汗など垂らしながら呻くように言ってきたのは、いつものコンスタンス・マギー三等官である。
昼下がり。バグアップズ・インの食堂にはトマトとチーズの匂いが薄く漂っている。
ここに客が来るはずもないので、目の前の彼女が注文したものだろう。机の上には、既に空の器も無かったが。
「またサボりか?」
「サボりとは何よサボりとは。警邏の一環でしょ」
「客のいない宿屋の警邏なんざ、派遣警察様のやることじゃないと思うがね」
「何言ってるのよ。こーゆー日々の絶え間ない積み重ねが犯罪の早期発見に繋がるんだから」
椅子に座ったままのコンスタンスは、自信満々に胸を張って言い切ると、そのままオーフェンが机上に置いた金貨袋を指さし、
「今だって、ね? 重大な犯罪の証拠を掴んだわけだし」
「誰が犯罪者だ!?」
手をわななかせて叫ぶオーフェンに、コンスタンスはこともなげに床に倒れているボニーへ視線を向けた。
「うーんうーんオーフェン様ぁ、やめてくださいまし……そんな、産婦人科に放火なんていけませんわ。
妊婦のお腹を蹴る酒浸りの男以上の悪どさ……優しかった頃の御自分を思い出して……」
「……」
「ほーら、世間一般ではあんたがお金を持っているっていうのはこういう認識なのよ」
「やっぱりお前ら姉妹とは、一度決着をつけておかにゃならんな……」
半眼で呟くオーフェンに、コンスタンスはやや目を逸らしながら、強引に話題を引き戻した。
「そ、それで、そのお金どうしたわけ?
ソケットならまだしも袋一杯の金貨なんて、それこそ銀行でも襲わないと手に入らないでしょ」